アークエッジ・スペースとは?
皆さんは、アークエッジ・スペースという企業をご存じでしょうか? もしかしたら、この記事をクリックして、今回初めて名前を聞いたという人もいるかもしれません。同社については、創業時のエピソードなど、面白そうなストーリーもあるのですが、それはまた改めて紹介することにして、ここではまず、概要のみ簡単に説明しましょう。
アークエッジ・スペースは宇宙スタートアップの1社です。本社を置くのは東京都江東区有明。創業は2018年とまだ新しいものの、社員数は現時点(2025年1月)で約150名と急拡大していて、今は毎年50人ほど増えているといいます。
向こうに見えるのは、皆さんご存じの東京ビッグサイト。この橋を反対側に進むと……
有明コロシアムや有明テニスの森公園が見えてきます。同社の有明本社は、この奥にあります
会社を案内してくれたのは、経営企画室長の保田友晶さん。同社について、保田さんは「よく『何の会社か分からない』と言われます」と苦笑しますが、一言で表すと「超小型衛星の総合インテグレーターです」とのこと。
同社経営企画室長の保田友晶さん
顧客は、ただ衛星が欲しいわけではありません。衛星を使ったサービスを必要としているのです。しかし宇宙業界ではない人たちにとっては、どんな衛星を使えば良いのか、どんな手続きが必要になるのか、非常に分かりにくい。そのあたりを全てまとめてやってくれる便利な存在がインテグレーター。これはITやロボットなど他の業界と同じですね。
日本に数ある宇宙スタートアップの中でも、筆者が特にユニークだと感じているのは、同社が手がけるミッションの幅の広さ。普通は、地球観測だったり、月面探査だったりと、得意分野にリソースを集中するのがセオリーですが、同社は地球観測のほか、通信や測位、さらには彗星探査機まで開発しています。
欧州宇宙機関(ESA)の彗星探査機「Comet Interceptor」では、宇宙航空研究開発機構(JAXA)が子機「B1」を提供。アークエッジ・スペースは、その開発メーカーとして選定されました
幅広いミッションに対応するため、前述のように多くの社員が働いており、本社のオフィスも広々としています。同社は超小型衛星の設計・開発のほか、運用サービスも提供。このオフィスのフロアには、開発用のクリーンルームや、試験用の電波暗室、そして衛星の管制室まで揃っていました。
オフィスの壁には大型スクリーンがあり、同社が運用中の衛星の位置が表示されていました
空気中の埃などを一定レベル以下に抑えたクリーンルーム。衛星開発には必須の設備です
コマンドの送信等、衛星の運用を行う管制室
同社は静岡県牧之原市に、地上局も保有しています
いま6Uキューブサットが熱い!
今回の記事で紹介するのは、同社がいま開発している6Uサイズの超小型衛星。文字通り、これは超小型の衛星なのですが、どのくらい小さいかというと、従来の大型衛星が数トンクラスであるのに対し、この6U衛星はわずか10kgほど。大きさも、10cm角の箱を2×3=6個並べたほどで、そのため6Uサイズのキューブサットとも呼ばれます。
世界初のキューブサットの1つが、2003年に打ち上げられた「XI-IV」(サイ・フォー、XIは”X-factor Investigator”の頭文字)。開発したのは、東京大学・中須賀真一教授の研究室で、アークエッジ・スペースの技術の源流は、同研究室にあります。
東京大学の「XI-IV」。1Uサイズながら、数百枚もの地球の画像を撮影し、地上に送りました
キューブサットは当初、教育・研究的な側面が強かったのですが、エレクトロニクスの進歩により、高性能な電子機器の小型化・軽量化が実現し、かなり実用的な性能になってきました。さすがに1Uだとできることは限られるものの、6Uクラスになると観測装置の搭載スペースもそれなりに確保できるため、スイートスポットになりつつあります。
国内外でも利用が広がっており、とても紹介しきれないほどなのですが、たとえばソニー/東大/JAXAが共同開発した「SPHERE-1 EYE」は、一般の人が地球や宇宙を撮影できるということで大きな話題となりました。そのほか「OMOTENASHI」(JAXA)や「EQUULEUS」(東大/JAXA)は月へ、「MarCO」(NASA)は火星へと、深宇宙でも活躍しています。
超小型探査機「EQUULEUS」
超小型衛星のメリットは、とにかく低コスト・短期間で開発が可能なこと。従来の大型衛星に比べると、開発コストは1/100以下で、数千万~数億円程度。開発期間は1~3年程度で打ち上げが可能だといいます。
1つ補足しておくと、いくら高性能化が進んだと言っても、超小型衛星が大型衛星に取って代われるということではありません。たとえば地球観測では、望遠鏡の口径が分解能に大きく関わっており、これは物理法則で決まることであるため、サイズの制約が厳しい超小型衛星は、分解能で大型衛星にはかないません。
しかし、超小型衛星は低コスト・短期間で開発が可能なので、大量の衛星を打ち上げることができます。大型衛星1機だと、特定の場所を数日に1回しか撮影できない場合でも、大量の衛星を軌道上に配備すれば、1日に数回撮影することも不可能ではありません。大型衛星とは、お互いの強みを活かして補完できる関係なのです。
搭載ソフトウェアを一般公開
今回、アークエッジ・スペースの6U衛星を紹介してくれたのは、生産基盤部長の船曳敦漠さん。東大の在籍時には、前述のEQUULEUSの開発にも関わっており、同社では6U衛星を量産する体制の構築を担当したといいます。
同社生産基盤部長の船曳敦漠さん。手にしているのは6U衛星のモックアップ
同社は2024年11月、6U衛星用の汎用バス「AE6U」の開発を完了し、それを採用した衛星を、2025年度までに7機打ち上げることを発表しました。
衛星のバスとは、通信機、姿勢制御装置、バッテリ、コンピュータ(OBC)のように、どんな衛星でも必要となる基本的な機能の総称。まさに衛星の土台となる部分と言えます。このバス部に対し、衛星ごとに変わるところはミッション部と呼ばれ、たとえば地球観測衛星であれば、望遠鏡などがそれにあたります。
衛星を開発するとき、毎回フルカスタマイズしていたら、時間も費用もかかります。しかしバス部を標準化しておけば、ミッション部の開発だけですむので、より早く安く作ることができるようになります。近年の商用衛星では、基本的にこの標準衛星バスが使われています。
東大は、前述のSPHERE-1 EYEや、台湾宇宙センターの「ONGLAISAT」の開発を通し、「ISSL6U」バスを開発。アークエッジ・スペースのAE6Uバスは、このISSL6Uバスをベースに、より組み立てやすくするなど、商業化に向けた様々な改良が施されたそうです。
船曳さんによれば、同社では衛星の設計・開発プロセスに、ソフトウェア業界で用いられているアプローチを多く取り入れているとのこと。例えば、衛星の搭載ソフトウェアや開発ツールをオープンソース化し、一般公開しています。これにより、ユーザーとのインターフェース調整が容易になり、結果的に開発コストを低減できるそうです。
さらに、衛星の設計データはテキストデータにして、バージョン管理の仕組みを利用。ミッションの成立性を自動で解析するツールに入力することで、この軌道の運用で熱や電力に問題はないか、より早く簡単に分かるようになったといいます。設計ひとつとってもこのような省力化を進めており、さらなる低コスト化が可能になっているわけです。
年間数十機の量産体制を構築
6U衛星は、3Uが2つ並んだサイズになっていますが、AE6Uバスであれば、そのなかの3U分をまるまるミッション部に使うことができます。長辺の3Uをミッション部にすれば、地球観測用の長い望遠鏡でも格納可能。そのほか、展開式の大型アンテナを搭載する衛星や、より精密な姿勢制御を行う光通信衛星などが、実際に計画されています。
これまでに、すでに3機が完成。最初の衛星は、花巻北高校の生徒がミッションを考えた「AE1b」(YODAKA)で、2024年12月9日に、国際宇宙ステーションより放出されました。残りの2機は、2025年1月15日に打ち上げを実施。1機は前述の大型アンテナを搭載する衛星で、もう1機は宇宙用コンポーネントを実証するのが目的の衛星となります。
国際宇宙ステーションから放出された「AE1b」(YODAKA)。Space BD株式会社より、衛星開発を委託されました
その次に打ち上げられた「AE1c」と「AE1d」。こちらも無事に運用が開始されました
これらの衛星で軌道上実証ができれば、次に見えてくるのは本格的な量産化。超小型衛星の強みは、前述のようにたくさんの衛星を使ったシステムを構築できることなので(これを「衛星コンステレーション」と言います)、数十機レベルの衛星を量産できる体制の構築は不可欠と言えます。
じつはすでに、この量産体制も着々と構築が進んでいるとのこと。量産型衛星の場合、同社は設計や開発を行い、製造については、外部の協力企業と綿密に連携し、組み立てや試験作業の多くをアウトソーシングしています。工場のデータはリアルタイムで有明の本社と共有されており、問題が発生したときも、すぐに対応することが可能だといいます。
自社で量産工程のすべてをやろうとすると、工場の建築で大きな設備投資が必要になるほか、需要が少ない時期でも固定費が発生してしまいます。しかし外部の工場を利用できれば、フレキシブルな対応が可能。協力企業側にも、空いている設備を衛星の製造に有効活用できるというメリットがあります。
同社は6U衛星の実用化を進める一方で、大型化も視野に入れ、すでに50kg級衛星の設計にも着手。ベースとなる考え方は6U衛星とそれほど変わらないとのことですが、6U衛星は放出機構に格納する都合上、外形には大きな制約があるのに対し、50kg級衛星であれば、機器配置の自由度なども増して、より本格的なことができるようになります。
しかしその一方で、開発コストは大きくなります。一般の企業にとっては、いきなり50kg級衛星から始めるのは、ややハードルが高いかもしれません。まずはキーとなる機能を6U衛星で軌道上実証して事業に弾みを付け、それから50kg級衛星で本格的なサービスを開始する、という使い方も考えられるでしょう。
唐突ですが、この連載って何?
自己紹介が遅くなりましたが、私はフリーライターの大塚実と申します。私は20年以上、宇宙業界に関わってきて、多くの宇宙スタートアップを取材してきました。各社ともに、特徴や強みがあって面白いのですが、アークエッジ・スペースには特に、ビジネスのスピード感や勢いを感じています。
社内のWEBサイトという場ではありますが、この連載では、外部ライターの目を通し、同社の技術やミッションについて、分かりやすく紹介していきたいと思っています。今後しばらく続く予定ですので、次回もどうぞお楽しみに!